2012年3月8日木曜日

タブレット時代の天体観望会 〜iPadを使った星空案内を考える〜

はじめに

Appleが新しい iPad を発表した。

まだ iPad をお持ちでない方は、これを機に購入を検討されているかもしれない。
もうお持ちの方は、ニューモデルに移るか否か悩んでいるところだろうか。

私は初代 iPad を使い続けているが、今回の新機種に乗り換えるつもりだ。
iPad は私が大学院生として論文を読む手段として役立っている一方、観望会等で来場者に案内や解説をするときの補助手段としても活躍している。新しい iPad の高解像度化と動作高速化は、仕事の質をさらに高めてくれるに違いない。

国内におけるiPadの有料アプリ累計販売数(2012年2月現在)で星図表示アプリ Star Walk for iPad が13位にランクインするなど、iPad が天体観測のお供になると考えるユーザーはそれなりに存在する。しかし、自分用ではなく、他人に星空を案内するためのツールとして iPad を使おうという試みはまだ少ないのではないだろうか。

私は、iPad が星空案内で果たせる役割は非常に大きいと確信している。そこで、実際の現場でどうやって iPad を使っているか、このエントリーでご紹介したい。
  • 星図表示アプリは全ての基本(iステラ、Star Walk)
    • 星を見つける
    • iPad自体が話題になる
    • 明日以降の星空を見せる
    • 曇っても、屋内でも…
  • 情報系アプリの使いどころ(Starmap、Moon Globe、太陽系、SpaceMap、NASA App)
    • 望遠鏡をのぞいた方への補助説明
    • じっくり話し込むときに
  • ユニバースをユニバーサルに(手書き文字アプリ、Pocket Universe)
    • 聴覚障がい者への応対
    • 非日本語話者への応対
  • まとめ

星図表示アプリは全ての基本

iPad の天文系アプリと言えば、 内蔵センサーを活用して向けた方向の星空を表示できる星図アプリの人気が圧倒的に高い。星空を解説するときも、一番お世話になるだろう。

そんな星図アプリだが、解説用のものとしては以下の2つしか選択肢がないと思う。これ以外のアプリは日本語対応していないか、情報の誤りを含むような粗悪品しかない。

iステラ HD App
カテゴリ: 教育
価格: ¥800

私が星空解説するときはiステラを使うことが圧倒的に多い。自分だけで使うならともかく、他の方に見せるならば最低限抑えておかねばならないのが日本語だが、日本製だからあらゆる天体名が確実に日本語で表示され、星座のつなぎ方も日本流。それだけで選ぶ理由になる。起動が比較的速く、すぐに現在の星空を表示してくれるのも嬉しい。ただしインターフェースはあまり直感的ではないので慣れが必要。また、星図上の点をタップしてしまうと大きな情報ウィンドウが画面を占拠してしまうため、気をつけていないと誤作動させてしまい見ている方を混乱させるだろう。

Star Walk for iPad - 5つ星の天体観測ガイド App
カテゴリ: 教育
価格: ¥450

日本をはじめ世界中で圧倒的な人気を誇る星図アプリ。既に持ってる方も多いと思うので挙げておくが、解説用のアプリとしてはあまりオススメできない。設定項目が少なすぎて、一度に1つの星座絵・星座線しか表示できなかったり、恒星名が選択するまで表示できなかったりするなどの点が不都合。さらに、星像や天の川は美しく見せようとしているのだろうけど個人的には「やりすぎ」だと感じる。常にあちこちで星が急増光するなどといったエフェクトも邪魔だ。一方で、検索や設定の操作がしやすいのは評価できる。また、直近の主な天文現象をワンタップで選択できるのは使いようによっては便利。

ケース1:星を見つける

昨今、天体観望会は人が集まりやすい街中で行われることが多い。すると、夜空が明るくて星が見にくくなり、誰でも知ってるような星座や星の配列でさえもたどりにくくなる。
典型的なのが北斗七星だ。ひしゃくの形に並んだ7つの星のうち、6つは2等星だが、1つだけ3等星がある。この3等星が、実によく消える。空の条件が悪いと、一部の2等星も消えて北斗四星や北斗五星になることも(もはや斗《ひしゃく》じゃない)。

実際のところ、見えるか見えないかには個人差がある。それは視力だけでなく、知識と慣れに左右されるところが大きい。つまり、「ここに星がありますよ」と正確に指し示すことができれば、見つけてもらえるかもしれないのだ。場合によっては心眼(現実の目には星の光が映っていないが、見えた気がする状態)かもしれないが、それによって星の並びや星座のイメージを現実の空に重ねることができるのであれば、意味はある。

さて、この「ここに星がありますよ」という指示をアナログ的に行うのは、実に厄介だ。
来場者と並んで、2人で夜空を指差しながら
「この方向です」
「ん、あの明るい星の左?」
「いや、もう少し右、ちょっと上です」
「…んー、ああ、あれかな?」
で、来場者が指さす方向をよーく見ると別の星だった、というのはよくある話。

そんなときに星図アプリがどれだけ役に立つかは言うまでもあるまい。かざした方向に画面内の星図が連動するようにしておけば、来場者にiPadを渡して交互に見比べていただくことでほとんどの方は目的の星を見つけることができる。

ここでいくつか注意点がある。

まず、大半の用途に言える話だが、iPadの照度は最低レベルに落としておくこと、また自分や来場者が誤動作を起こさないように配慮すること。間違えて真っ白に近い画面を来場者に見せてしまっては、文字通り目も当てられない。

星図に表示される星の数を制限する機能があれば、オンにしておこう。たとえば3等星位未満は表示しない、というようにすれば余計な混乱を招かずに済む。そういえば、ちょっと意地の悪い子供に(画面を指しながら)「えー、こんなの嘘だよ、この星もあの星も見えてないじゃん」と絡まれたこともあった。

最後に、この用途は基本的に1:1の対応、多くても一度に3人くらいにしか使えない。それ以上の人数であれば、まずはそれぞれの仲間内で1人以上は星が見えている状態を作って、お互いに教えあうように促すべきだ。

ケース2:iPad自体が話題になる

がんばって現実に見えている星空の解説をしているのに、やたらとiPadの方ばかり見て話を聞いてもらえないことがしばしばある。最初のうちは「うーん、本末転倒だなあ」と悩んだものだが、この「物珍しさで人が寄ってくる」というのを逆手に取ってしまうのもアリだ。

天体観望会が始まった直後、あるいは観測する天体を変えようというとき、望遠鏡の用意が出来ていないのに人が群がることがある。 そんな場合に一番大事なのは、望遠鏡の前に一列に並んでいただき、混乱を収束あるいは未然に予防すること。しかし応急処置として、とりあえず望遠鏡から人を剥がしたいときには、近くで iPad をかざすだけで(客層にもよるが)かなりの効果が上げられる。

ところで、星図ソフトを初めて見た方々の中から、観望会のたびに必ず出てくる質問がある。
「これは、空に見えている星をカメラでとらえて画面に映しているんですか」
そんなときは、「いえいえ、センサーは向けた方向だけを記録していて、星空はCGで再現してるんですよ。こうして雲が出てる方に向けても、さらには地面に向けても、ほら」と(ほとんどテンプレ的に)答えている。
「あ、足下に南十字星が!」「そうなんですよ、ここでは絶対に地面の上に上がることはありませんけどね」といった具合に、話を色々展開させるきっかけにもなるので喜んで答えよう。

親から離れて望遠鏡の間を走り回る子供に悩まされた経験は、ほとんどの星空案内人がお持ちであろう。対処方法にはさまざまなセオリーがあるが、私の場合は iPad を1つの手段にしている。爆走する子供を呼び止めて(あるいは物理的に止めて)、「そんなことよりこれを見てごらん」と iPad を見せる。見せるのは適当な星図であることが多いが、何か動きがあるものや画面へのタッチに反応するコンテンツだとより効果的だと思う。子供が止まったら、親御さんも呼んで(これ重要)、親子で飽きずに会話できるような話題を提供すべし。
ただし、万が一にも iPad を壊されることがないよう、よくよく気を遣うように…

ケース3:明日以降の星空を見せる

せっかく観望会へ足を運んで下さった方に、その場限りの話題を提供して終わるのはもったいない。できればこれをきっかけに、日々夜空を見上げるようになっていただければ…
私はいつもそんな想いで星空解説をしているので、機会があれば必ず今後の星空の見どころを紹介するようにしている。

日食や月食といった派手な現象の再現は、それ自体がエンターテインメントになるだろう。

直近の天文現象、あるいは今見えている星空の変化など、話題は相手や話の流れに合わせればいいと思うが、「あとで見ていただく」ことに主眼があるので、見せ方を分かりやすいように工夫するとともに内容は絞った方がいい。また、せいぜい5,6人くらいまでの対応しかできないので、1つのグループに時間を掛けすぎて他の来場者を待たせることが無いように注意!

ケース4:曇っても、屋内でも…

まあ、これが観望会における iPad の究極的な使い方だね…
私の場合、天文台のドーム内で大望遠鏡をのぞく順番待ちをしている方々の相手をすることがあるが、そこでの解説もこれに準ずるかもしれない。
いずれにせよ、基本的な使い方はケース3と同じになる。ただ、「その場にいる方々が退屈を感じないようにする」のが最大の目的なので、常に全体に意識を向けねばならない。

そして、曇りや屋内では星図以外の情報や天体画像を表示するアプリも活躍することになるだろう。


情報系アプリの使いどころ

星空の解説には、言葉で話すのが非常に難しい内容が多い。そこをどうにかするのが解説者の腕前とも言えるが、どんなに言葉を尽くしても伝えられないことをiPadが一瞬で表示してくれるのに、あえて使わない手はないだろう。暗い環境でも写真や図をくっきりと見せられるのはタブレットの強みだ。

なお、自分が分からないことを iPad で調べて間に合わせながら解説するという使い方は絶対にしないし、みなさんにもオススメしない。そんなことをしたら、私は iPad の音声出力装置に成り下がってしまう(下手するとSiriにその役割さえも奪われかねない!)。iPad は所詮、道具に過ぎないのだ。

さて、「情報系アプリ」と一括りにしたが、情報にも色々な種類がある。要は、星図アプリ以外の天文アプリすべてということになるが…
使いどころもアプリによりけりなので、ケースごとに紹介していこう。

ケース5:望遠鏡をのぞいた方への補助説明

特徴的な星の並びを望遠鏡の視野に入れている場合、のぞきこむ直前や直後に「こんな風に見えます/見えましたか?」と言いながら、拡大した星図の画面を見せるのが効果的だ。来場者には自分が見たイメージに確信を持ってもらえるし、うまく見えていない方がいればすぐに分かる。

望遠鏡の視野レベルともなると、上で挙げた星図アプリでは描画しきれない天体も多い。そこで私が使っているのが Starmap HD だ。

Starmap HD App
カテゴリ: 辞書/辞典/その他
価格: ¥1,650

極めて高価なアプリで、値段相応の多機能な星図ソフトであり、出来ないことはほとんど無いと言っていい。しかし観測者のために実用本位で作られているため、星図に美しさや華やかさは皆無。そして、星座名と惑星名以外のほとんどの天体名が英語であるのが痛い。そんなわけで広視野を映す星図アプリとしての出番はないものの、望遠鏡で惑星や星雲・星団を拡大したときの解説ではStarmapの独擅場となる。

望遠鏡で見ていただく機会が一番多いのは月だと思う。月であれば、そんなにややこしい解説をする必要もないので iPad は基本的に引っ込めているが、たまーに「これ何てクレーター?」と質問されて困ることがあるので、念のために以下のアプリを用意している。

Moon Globe App
カテゴリ: 教育
価格: 無料

無料版と有料版があるが、有料版は多少解像度が高いだけで、どちらも広告が無いので無料版で間に合うはずだ。クレーターの名前は全て英字表記だが、何となく読めればそれでよいと思う。ただ、海の名前はラテン語なので、こればっかりは和名を覚えておくしかない。

ケース6:じっくり話し込むときに

星空案内の場で、特に大勢の来客がいるときに長々と解説を続けるのは原則として避けたい。だが他に人がいない(またはスタッフの数にじゅうぶんな余裕がある)状況で、少人数の熱心な来場者とじっくり話し込む機会というのが、私の場合はよくある。
星空案内というより宇宙・天文学の話を求められたときは、以下のようなアプリが場を盛り上げるのに役立っている。

太陽系 App
カテゴリ: ブック
価格: ¥1,200

究極の太陽系図鑑。Apple の iPad 公式ページでも紹介されるほど高い評価を受けた。説明文は詳しく、文字の大きさも変更できるので読みやすいが、さすがに解説時には使わない。活用するのは、操作に反応する様々な仕掛けが用意された図の部分だ。話題提供や、子供の注意を引きつけるのに効果的。

SpaceMap App
カテゴリ: 教育
価格: ¥500

宇宙旅行シミュレーション系アプリ。iPad で動作する Mitaka の仲間、と言ってもよい。太陽系、恒星間空間、さらには宇宙の大規模構造と、「宇宙の姿」を語るときは重宝する。


ちなみに、WiFiが使える環境にいるか、 iPad の 3G ないし 4G 版を使っているなら、ネットでちょいちょいと画像を検索して見せるのも一つの手。宇宙開発や探査機・宇宙望遠鏡の話題なら、NASAの公式アプリがあると画像が見つけやすい。

NASA App HD App
カテゴリ: 教育
価格: 無料


ユニバースをユニバーサルに

日本語で話しかけるという普段のやり方では、案内を伝えられない相手もいらっしゃる。そんなとき、iPad がコミュニケーション・ツールの役割を果たしてくれることに最近気づいた。
宇宙(Universe)を万人(Universal)に。これは世界各地における天文普及活動の1つのトレンドだ。そのために iPad で出来ることはまだまだある気がする。是非みなさんにも探していただきたい。

ケース7:聴覚障がい者への応対

あるとき、一般公開中の天文台へ全く耳の聞こえない方が訪れた。手話で解説できるスタッフはいない。さあどうしようかと皆が困ったとき、ふと、iPad なら筆談できるのではないかと気がついた。

この判断は大正解。iPad の大きな画面に手早く指で文字を書きつつ、ジェスチャを交えれば、他の解説員が話している内容の半分以上は通訳できる。もちろん、これまでに挙げた星図アプリなどもフルに活用した。

iPad を使った筆談で説明していると、非聴覚障碍者であるまわりの来場者にも解説の内容が伝わるのも大きなメリット。手話で案内すると専属にならざるを得ないだろう。また、暗闇の中で筆談するなどとは、紙では絶対にできない芸当だ。

iPadで筆談するためのアプリは無数にある。手書きメモアプリと呼ばれるようなもの、お絵かきアプリに分類されるものなど様々であり、使い勝手には個人差があると思うので各自で探されたい。

ケース8:非日本語話者への応対

「え、英語で話せばいいんじゃないの」という単純な問題ではない。「オラーイアンには赤いビートゥルジューズと白いライジュルという2つの1等星があり…」という説明がすらすら出てくるだろうか。これを「オリオン、ベテルギウス、リゲル」と日本式に発音したら、多分通じない。

こういう場合には、英語表記の星図を見せれば、まず間違いはない。そのためにあえて日本語対応していない星図アプリを残しているほどだ。

Pocket Universe: Virtual Sky Astronomy for iPad App
カテゴリ: 教育
価格: ¥250

そこそこ安い星図アプリ。必要最低限の機能はそろっているのでコストパフォーマンスは高いが、日本語対応してないのがネックだな…と思ったら、それがかえって役に立つ場面を見つけるに至ったのであった。

え、英語も日本語も話せない方が来られたらどうするかって? ネットに接続できるなら、Google 翻訳や Wikipedia といった便利なツールがある。それも駄目なら…まあ、ある意味で本当の腕の見せ所かもしれない。

まとめ

まずはここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

以上、私によるiPadの使い方を、大まかに3つに分けて8通りのシチュエーションを紹介したが、分類は体系的ではないので重複した話題もあるし、言及できなかった使い方もあるかもしれない。

これから iPad を星空案内の場で活用してみようという方には、是非この記事にとらわれずに自分の流儀を開拓していただきたい。ただし、iPad のようなツールを一切使わずに己の身一つで解説する経験をじゅうぶんに積んでおくべきだ。

繰り返しになるが、iPad があなたのために解説してくれるのではない。あなたが iPad を駆使して星空を案内するのだ。

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